■タイトルに込められた“残像”とは? 読み進めるほどに深く突き刺さる物語
伊岡瞬先生の作品には、読者の心の奥深くに静かに、しかし確実に届く力があります。
今回手に取った『残像』もまた、その装丁と帯の一言に、思わず惹きつけられてしまいました。
「誰だ!かつて俺が痛めつけた少年の写真を送り付けてくる奴は」
明らかに“加害者側”の視点で放たれたこのセリフ。
しかもその人物は、権力を背景に過去を葬ってきた大物政治家の息子・吉井恭一。
さらに物語のもう一方では、年齢も境遇も異なる三人の女性と一人の小学生が、奇妙な共同生活を送っており、そこへ偶然迷い込む浪人生・堀部一平。
このバラバラな登場人物たちが、どのようにして交わり、物語が紡がれていくのか。
そしてタイトルの「残像」が意味するものとは何なのか——読み始めた瞬間から、物語の全貌を知りたいという衝動が止まりませんでした。
本作は、登場人物たちの孤独、絶望、そして希望への微かな光を描きながら、読者を彼らの心の深淵へと誘っていく、極めて“感情密度”の高い作品です。
■あらすじ|偶然出会った他人たちが紡ぐ、過去と未来の物語
浪人生・堀部一平は、バイト先の60代後半の同僚・葛城を見舞うためにアパートを訪れます。
そこで出会ったのは、年齢も背景も異なる三人の女性——晴子、夏樹、多恵——と、小学生の男の子・冬馬。
奇妙な共同生活を送る彼らに、最初は関わらないようにしていた一平でしたが、次第に彼女たちと心を通わせていくようになります。
しかしある日、一平は葛城の残したノートから、彼女たち三人が全員「前科持ち」であることを知ってしまいます。
一方で、政治家の御曹司・吉井恭一は、ある日を境に、自らの過去を暴くような写真を匿名で送りつけられ続けていました。
その写真が意味するものとは? そして送り主の目的とは?
過去に心を壊された人々と、かつてその心を壊した人々。
交わるはずのなかった人生が交差したとき、「残像」の正体が浮かび上がってくるのです。
伊岡先生は「信頼、裏切り、後悔、敬愛、憎悪、憧れ、友情、希望。そんなあれこれをぎっしり詰め込みました」とおっしゃっています!
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■心に残ったポイント|トラウマが生き方を変えてしまうという事実
私自身がこのお話を読んで強く感じたことは、人が幼少期に受けた心身の傷は、その人の成長過程の人格形成に大きな影響を及ぼしてしまうということ・・・
そしてこの影響が自分自身を犯罪者側に導いてしまうことも起こりうるということ。
あるサイトで「子ども時代に生じるトラウマの特徴」について読みました
・言語の形成過程にあるから、イメージが詳細に残りやすい
・トラウマ的な状況は、細部まで脳に刻み込まれやすい
・自己と世界を関係づける過程にあるから、自責感を持ちやすい
・問題が生じた際に、自らに原因があると思い込みやすい
・世界観の形成過程にあるから、特有の認知が形成されやすい
子どもにとって家庭内が唯一の世界。
家庭内で起こったことが、その子にとっての世界であるため、世界全体を恐ろしいものとして認識してしまうのです。
これを見ただけでもかなり繊細な感情が渦巻いているというのに、このお話では家庭外で受けたそれぞれの衝撃的な事象によって、その後の人生を狂わされる登場人物たちがいるのです。
日常の我々の大人たちがふるまう行為そのものが、子供たちに与える影響は相当に大きいものだと思うと、本当に気を付けて生活をしなければいけないという戒めも感じることができました。
■読後に残る余韻|伊岡瞬ワールドの真骨頂
伊岡作品の特徴ともいえるのが、異なる視点・シチュエーションの物語が並行して語られ、終盤にかけて一本の糸で結ばれていく構成です。
本作でも、その“繋がり”は意外性をもって現れ、読者の想像を超えてきます。
これにより、読了後に振り返ってみたとき、自分が抱いていた登場人物への印象が微妙に変わっていることに気づかされます。
読者の感情までも巻き込んで再構築されていく——この感覚こそが、まさに伊岡ワールドの真骨頂なのだと実感しました。
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■タイトル「残像」の意味と、2文字熟語の魅力
タイトルである「残像」は、文字通り“過去の残り香”が現在にも色濃く影響を及ぼすという構図を見事に象徴しています。
心に刻まれた記憶は、たとえ忘れようとしても、ふとした瞬間に“残像”として立ち上がってくるのです。
また、伊岡作品には『代償』『悪寒』『本性』など、漢字2文字のタイトルが多いことにも注目したいところです。
これは伊岡先生が敬愛する作家・ディック・フランシスの影響だそうで、インタビューでは以下のように語られています。
「僕の作品タイトルに漢字2字が多いのはディック・フランシスの影響です。おススメは『大穴』とその続編の『利腕』。素晴らしいです」
こうしたタイトルの簡潔さが、物語の核心をより鮮やかに浮かび上がらせているのかもしれませんね。
■おわりに|“見る者の記憶”としての残像が問いかけるもの
『残像』を読み終えたとき、心に強く残ったのは、登場人物それぞれの「過去」がいかに現在を支配し、未来までも左右してしまうかという現実でした。
彼らが抱える痛みや葛藤は、決してフィクションの中だけの話ではなく、私たちのすぐ隣にいる誰かにも、あるいは自分自身にも起こりうることです。
特に、子ども時代に受けた傷がその人の価値観や生き方を深く形作ってしまう様子は、読むほどに胸を締めつけられるものでした。
復讐というテーマは、ともすれば暴力的で一面的に捉えられがちですが、本作ではその裏にある「どうしても消せない過去」「どうにもできなかった過去」と向き合う人々の苦しみや希望が丁寧に描かれています。
そして彼らの姿を通じて私たちに問われているのは、「あなたは、誰かの人生に影を落としていないか?」「自分の過去とどう向き合い、どう乗り越えるのか?」という、決して他人事ではない問いです。
『残像』は、ただのサスペンス小説ではありません。
読む人の心に“何か”を残し、静かに、しかし確実に人生の見方を変えてくれるような、そんな余韻を持つ一冊です。
読後に広がる“静かなざわめき”が、今もなお私の中に、残像として色濃く残っています。
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