人生をやり直せるとしたらあなたは何を変えますか?
私たちの誰もが、一度は心のどこかで思い描いたことがあるはずです。
「もし、あのとき違う選択をしていたら…」
「過去に戻れるとしたら、あの一言を言い直したい」
「もっとちゃんと努力していれば、今は違っていたかもしれない」
今回紹介する藤子・F・不二雄氏の『未来の想い出』は、まさにそんな“もしも”の世界を真っ直ぐに描いた、大人のためのSFファンタジーです。
ドラえもんやパーマンのような明るいタッチとは異なり、本作は切実で重厚なテーマが貫かれています。
かくいう私も、年齢を重ねるにつれて、自分の人生を振り返ることが増えてきました。
だからこそ、この作品が持つ問いかけは、ただの空想にとどまらず、心の深い部分にまで刺さってくるのです。
ここでは作品のあらすじを追いながら、「人生をやり直す」ということの意味について、作品を通じて考察していきたいと思います。
- 人生をやり直せるとしたらあなたは何を変えますか?
- ■あらすじ─主人公が辿る“もうひとつの時間”
- ■過去を変えるという“誘惑”と“怖さ”
- ■「コントロールできる人生」は本当に幸せか?
- ■自分の人生に後悔はあるか? 読後に芽生えた問い
- ■藤子・F・不二雄の“影の名作”として
- ■おわりに──「今」を生きる意味を問い直す時間
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■あらすじ─主人公が辿る“もうひとつの時間”
主人公は、かつては一世を風靡したものの、今は落ち目の漫画家・納戸理人(なんど りひと)。
アイデアは枯れ、作品は売れず、プライドだけが取り残されたまま、彼は日々をやり過ごしていました。
そんなある日、付き合いで参加したゴルフのラウンド中、偶然にもホールインワンを達成してしまう。
喜びも束の間、あまりの興奮に心臓発作を起こし、理人はその場で倒れてしまいます。
次に彼が目を覚ましたのは、自分がまだ若き無名の新人だったころ──つまり、過去の世界でした。
意識はそのままに、身体だけが若返っているという、いわゆるタイムリープの状態です。
理人は知っています。
このあとに起こる出来事も、自分がどんな選択をしてきたかも。
そして彼は思うのです。
「もう一度この人生を、やり直せるのなら……」
理人は、かつての“失敗”を避け、自分の理想とする未来を築こうと行動を始めます。
だが、運命をコントロールできるからといって、本当に幸福な人生を築けるのか?
そして、過去を知る人間が、過去を変えてしまうことの意味とは──?
■過去を変えるという“誘惑”と“怖さ”
読んでいてまず強く感じたのは、「人生をやり直したい」と願うことのリアリティです。
これは、空想やSFの枠を超えて、私たち一人ひとりに突きつけられる問いでもあります。
たとえば、学生時代。
もっと努力していれば、今の自分はもっと違う人生を歩んでいたのではないか?
あのとき別の就職先を選んでいたら、別の世界線が広がっていたのではないか?
理人が人生をやり直す様子は、読者の“人生の分岐点”を静かに掘り起こしてくるような力があります。
ただしこの作品が面白いのは、やり直しの結果が単純な成功ストーリーではないことです。
自分の記憶を頼りに“未来の正解”をなぞるように行動する理人ですが、その過程で思わぬ歪みが生まれたり、人間関係の違和感が募っていったりします。
過去の自分を変えることができても、人の心までは操作できない。
それが本作のリアリティであり、恐ろしさでもあります。
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■「コントロールできる人生」は本当に幸せか?
理人のやり直しの人生には、“間違えないようにする”という強い意志がにじんでいます。
しかし、物語が進むにつれて、どこかに「息苦しさ」や「違和感」が漂ってくるのです。
それもそのはずです。
過去を知っているということは、「自由に生きられないこと」とも言えます。
すべてを“やり直すために行動する人生”は、果たして本当に自分の意思に基づいた人生なのか?
そんな風に考えさせられました。
本作は“運命の再設計”を描いていながら、最後には静かに「今の人生を大切にすること」の重要性を語りかけてきます。
■自分の人生に後悔はあるか? 読後に芽生えた問い
読み終えた後、私自身のこれまでの人生についても自然と振り返ることになりました。
・もっと違う道を選べたのではないか?
・あのときの決断は、本当に正しかったのか?
・人との出会いを、もっと大切にできたのではないか?
考えれば考えるほど、やり直したいと思う瞬間はあるものです。
ですが同時に、今の自分をつくっているのは、過去のすべての出来事や選択の積み重ねだということにも気づきます。
失敗したからこそ学べたこと。
遠回りしたからこそ出会えた人。
そのどれもが、今の自分をかけがえのないものにしてくれている。
「やり直したいと思うことはあっても、今の人生を捨てたくはない」
─そんな感覚を、作品を読みながら少しずつ噛みしめていきました。
■藤子・F・不二雄の“影の名作”として
『未来の想い出』は、藤子・F・不二雄作品の中でもあまり語られることのない“隠れた名作”です。
1991年に『ビッグコミック』に掲載された本作は、後に森田芳光監督によって映画化もされています。
藤子・F・不二雄=子ども向け漫画というイメージが強い方にこそ、読んでほしい一作です。
この物語には、人生の分岐点で揺れる大人の悩みや、時間というものの尊さ、そして“後悔”と“希望”のバランスをどう取るかという問いが詰まっています。
■おわりに──「今」を生きる意味を問い直す時間
もし人生をもう一度やり直せるとしたら─あなたはどの瞬間に戻り、何を変えようとしますか?
それは「過去にとらわれること」でもあり、「未来に希望を託すこと」でもある。
『未来の想い出』は、そんな複雑な感情を静かに、しかし深く読者に突きつけてきます。
若い頃には気づけなかった大切なもの、後から思えば選ぶべきだった道、あのときの言葉─。
人生は、そうした「取りこぼし」の連続です。
そして私たちは、その“失われた可能性”に対して、時折胸を締めつけられることがあります。
けれど本作を読んで改めて気づかされたのは、今というこの一瞬も、未来の自分にとっての「想い出」になるのだということです。
未来の自分が今を振り返ったとき、「あのときの選択があったから今の自分がいる」と思えるような─そんな時間の積み重ねが、きっと人生という物語を豊かにしていく。
完璧な過去も、やり直しの利く未来も存在しないかもしれない。
でもだからこそ、今この瞬間の選択には意味があり、価値がある。
やり直せないからこそ、私たちは悔いのないように、丁寧に、目の前の一歩を選び取っていくしかない。
それが「今を生きる」ということなのではないでしょうか。
『未来の想い出』は、“時間”という概念の魔法を借りながら、最終的にはとてもシンプルで力強いメッセージを残してくれました。
人生は一度きり。でも、その一度きりには、何度だって意味を与えることができる。
もしあなたが今、少しでも迷いや後悔を抱えているのなら─
この物語が、そっと背中を押してくれるかもしれません。
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